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本日記で納めるには長かったり硬かったりする文章の置き場所。
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第48話(最終話)
「ラララ~♪ 世界に響け、幸福のメロディニャ!」
 
ノイズ倒し後の話。
ふわっとした、雰囲気だけで細部が甘々な最終回だったなー。
 
エレン、幸福のメロディ知ってるの?
え?
じゃあ楽譜の意味は?
(メロ的な意味でも歌う際の効用という意味でも)
 
とりあえずアフロディテと周辺が復活して、
音楽祭のような感じでメイジャーランドも順次復活…はいいけど、
この音楽祭的なことって、一年に一度行われてるんだよね。
その時はどんな効用があるんだろ。
ただの象徴としてやっている、では
楽譜も資格も無く歌ったエレンが起こした効果と合わせて
説明がつかないと思うんだけど。
 
プリキュアに対するアフロディテの言葉が酷い。
メイジャーランド復活に対してしか触れてないんだけど、
お前らのお陰で人間界がどれだけ迷惑を被ったか…。
 
人間には一括の記憶が植え付けられていました。
つくづく酷い。
 
ハミィに礼を言う流れはおかしいよなぁ。
人間界からすれば、災厄を運んできた張本人の一人だぜ。
 
ピィちゃんとして再び生きることとなったノイズ。
そういう流れになるのはともかく、
クレッシェンドトーンの「見守りましょう」という上から目線の言葉…。
 
ハミィもアコもエレンもメイジャーランドに帰らないの?
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第47話「ピカーン! みんなで奏でる希望の組曲ニャ!」
 
信念のぶつけ合いになったこと、
ノイズを赦すことで解き放つことになるのは、
自然な流れだと思う。
ただ、ノイズが人間の負の感情の集合体であるのなら、
やはり根本的な解決にはならないよねー。
第2、第3のノイズがいつ現れてもおかしくない。
 
結局のところ、ハミィのスペシャリティって何だったんだろう。
ノイズの体内で歌ってみせたものの、
直接的な影響は無かったように見えるし、
音符見える以外は本当に役に立ってないぞコイツ…と思ってしまう。
 
響がノイズを説き伏せるのはいいと思うんだけど、
あまりにコロッと転がり過ぎじゃない?
響の言葉に対し「そんなことはないぃぃぃ!!」みたいに
怒って暴れまわるノイズ…みたいな描写があってから
「それをも鎮める」という流れの方が説得力が増したように思う。
んで、こんなのはスタッフも当然考えたと思うんだけど、
実際に行われなかったのは、
最終バトルに突入してからの全体の構成があんまり上手く行ってなくて
尺が取れなかった…ということじゃないかしら。 
 
 
「プリキュアの名が廃る」はカッコイイと思うけど、
やっぱり響中心に対しては溜飲が下がらない和泉彼方であった。
最初の扱いを観たら、奏とのダブルセンターでなきゃ駄目しょ、この作品って。
第46話「ズゴーン!プリキュア最後の戦いニャ!」
 
メイジャーランドに場所を移し、引き続き最終決戦の序幕。
 
悪者の寝返り(改心)、年長者の犠牲…と、
「そういう」手順をきちんと踏んではいるものの、
やはりぐっと来るものは無かった。
…こういうのは積み重ねの上に来るものだからね。
しょうがない。
 
ノイズの進化(人型に変化)で何となくセル(@DRAGON BALL)を
思い出してしまった(笑)
 
迫りくる圧倒的なチカラに対し
「音楽を愛する心は奪えません」と、
楽団と共に演奏で迎え撃つアフロディての絵はなかなか良かった。
(絵だけ、ね…)
 

「何故音楽を守るのか」というノイズの問いかけに対し、
言葉がその意味以上の強烈な何か発する答えを、
プリキュアは持ってない。
(残念ながらここまでで描かれていない)
第45話「ブォ~ン♪ ノイズの好きにはさせないニャ!」
 
「世界からすべての音を消し去る」のが目的なら、
名前は、ノイズではなくサイレンスとでもすべきだったのでは。
 
メイジャー側はノイズを再び封印せんとしてるけど、
殲滅まで追い込まないと、
数年後にまた同じ事の繰り返しじゃない?
都合よくプリキュアが見つかるとは限らないし、
見た感じ、次の機会にも戦えそうなキャラクタって
アコしか居ないし。
…子供向けアニメだから死を連想させることはしないのかな。
 
音吉さん、富野アニメっぽい最期だったけど、
パイプオルガン完成に際しての言葉は忘れないぞ。
(その上、結局はプリキュアに託すしかないという…)
 
アコを、音吉さんがカラダ張る前にスタンドプレイさせてしまったのは失敗だったな。
どうせやるなら、音吉さんを失った怒り、痛みを絡ませれば良かったのに。
前提として、スタンドプレイなんぞこの局面ではありえないのだけど。
 
疲弊したノイズが一時退却、という引きは
首の皮一枚…というなかなかの絶望で、良かったと思う。
第44話「ドレラド~♪ 聖なる夜に生まれた奇跡ニャ!」
 
今回も酷かった…。
噴きだす系の多いこと…。
 
不幸のメロディって、完成しても即効性があるわけじゃないのか。
 
気落ちしてる響たちに
「パイプオルガンが完成したからもう大丈夫」(音吉)って
物凄く酷くない?
プリキュアは「繋ぎ」か?
しかも、Bパートではノイズの急襲に際して
「アコたちを守るのが精一杯だった」。
全然大丈夫じゃねーじゃん。
しかも、難を逃れたのはプリキュアたちだけだぞ。
一般市民を守れてねーじゃん。
 
クリスマスコンサートの取ってつけた感。
「準備が全然終わらない」って、
今まで準備なんかしてないし
そもそもコンサートの話題なんて出て来てなかったじゃん。
 
相変わらず悲劇のヒロイン気取りのアコ。
少しでも前向きになろうとする響たちに対して
「(父親が心配で)笑えないよ」だと?
コイツ覆面外すべきじゃなかったんじゃない?
 
 
一般市民はともかく、
メイジャーランドの連中まで含めて
守れなかった責任を感じる響の(2つの意味での)痛々しさよ。
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